2009年02月18日

昭和33年の話

伊勢佐木地区の若造団体ABY内ではなにやら花粉症が大流行(?)しているのですが、
去年は何とか堪えられた物の、今年は結構私もクリティカルヒットしているzaki-nagaiです。

今回は、私自身の職場でもある、伊勢佐木町会館に関してのお話を少々。

2階建ての伊勢佐木町の会館、正式には伊勢佐木協組会館地図はこちらは、
商店街の事務局や、各種会合や教室等が開催される会議室が2F部分。
1Fには貸しテナントが3スペースあり、
現在は地域の活性化拠点「ザキ座」等が使用しています。
また、若造団体ABYも半ば勝手に事務局として使わせて頂いて貰っています。

3年程前に雨漏りがしたので、修繕を依頼した所、会館の設計図が必要との事で用意した際、
建築33年」と有ったので、建築してから33年経ってるのかとか勝手に勘違いしたのですが、
実際は昭和33年建築だったとの事で、実際はもう建築してから50年以上経過した、
中々歴史有る建物です。

この会館の出来た当時のアルバムが残っていましたので、何枚か紹介してみます。

会館を作っている最中(昭和32年頃)の写真と、さっき撮って見た写真。
当会館が有る若葉町は、このブログでも幾度か紹介させて頂きましたが、
戦後直後から米軍に町のほぼ全域が接収され、飛行場として使われており、
ちょうど写真右手から奥へ通っている道が滑走路部分だったのですが、
昭和32年頃と言うと、接収解除されてから数年程度しか経過してませんので、
周りの建物もまだまばら、歩道も街路樹も普通に有りませんが何か?と言った状態ですが、
とにかく空が広いのが印象的です。

会館内も、今は商店街事務局として結構雑多な感じになっていますが、
(今)

(昔)

出来た当時はこんな使い方をしていたようです。
…これ今やったら間違いなく消防法に引っかかる感じがします。

ちなみに、上記の部屋を時間貸しした場合の貸し出し料の記録が残っているのですが、
一番高い夜9時から1時間4,000円と記載されており、当時の公務員初任給から換算すると、
現在の価値で約90,000円と言う事になり、当時の方々は随分ボッタK強気だなぁと感じてしまったのですが、
これもし若造団体ABYにも適用されよう物なら、
30分ちょっと会議したら年間予算がすっ飛ぶレベルです。

昭和33年と言ったら、巷ではロカビリーとかフラフープが流行って、
東京タワーが出来て、長嶋茂雄が新人王を取った年と言う事で、
もろに「三丁目の夕日」な感じですが、
昭和30年代の(伊勢佐木町)四丁目の写真を載せて、
この後また会議が有るので、とりあえず記事はここまでにさせて頂きたいと思います。



全力で下町って感じがします。

Posted by zaki-nagai  at 19:23 │Comments(0)

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